8月2日 聖餐式礼拝メッセージ ~聖霊降臨節第11主日~

『あなたの十二年間を聞かせてほしい』

聖書:マルコの福音書5章21-34節(新p74)

メッセンジャー:森英樹師

この箇所には、二つの「12年」が描かれています。一人は、12年間、長血を患ってきた女性。もう一人は、12年間、大切に育てられてきた会堂司ヤイロの娘です。全く異なる二人の人生ですが、イエス様はそのどちらの12年にも深く関わってくださいました。

ヤイロは、死にかけている娘を助けていただくため、群衆の前でイエス様の足もとにひれ伏しました。イエス様はその願いを退けず、ヤイロと共に歩き始められます。しかしその途中、一人の女性が群衆に紛れ、後ろからイエス様の衣に触れたのです。

この女性は、レビ記15章の規定によって「汚れた者」とされ、12年間、身体の苦しみだけでなく、人との交わりや礼拝生活にも大きな制限を受けていました。多くの医者にかかり、財産を使い果たしても、病は悪くなるばかり。しかし女性はイエス様のことを聞いたのです。信仰は聞くことから始まります。そして、「この方の衣にでも触れれば救われる」と信じ、後ろから近づきました。その瞬間、女性は癒やされました。ハレルヤ!

ところがイエス様は立ち止まり、「だれがわたしの衣にさわったのですか」と尋ねられます。これは責めるためでも、恥をさらすためでもありません。イエス様は彼女を、匿名のまま群衆へ帰そうとはなさいませんでした。彼女は御前に進み出て、「真実をすべて話した」のです。主のお心を言葉にするなら、「あなたの12年間を、わたしに聞かせてほしい」という招きだったのではないでしょうか。

彼女は話したから癒やされたのではありません。すでに癒やされていました。それでも語るよう導かれたのは、癒やしてくださった主ご自身との人格的な交わりへ招き入れられるためでした。イエス様は奇跡だけを与えて立ち去るお方ではありません。私たちを、ご自身との関係の中へ迎えてくださるお方です。

そして主はこの女性を、「汚れた者」でも「病気の人」でもなく、「娘よ」と呼ばれました。それは、彼女が神の前にかけがえのない存在であるとの宣言です。さらに、「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」と、12年間失われていた平安を与えてくださいました。

教会とは、立派な人、傷のない人が集まる場所ではありません。キリストに最後まで話を聞いていただいた者たちが、互いの人生にも耳を傾けることを学んでいく共同体です。大切なのは順番です。まず主が私たちの12年を受け止めてくださる。その恵みに生かされるからこそ、私たちも少しずつ、他者の痛みや証しに耳を傾けられる者へと変えられていきます。

横浜栄光教会が、主の恵みを安心して分かち合い、互いの人生を受け止め合う共同体となりますように。そして新しく来られる方も、「ここになら私の居場所があるかもしれない」と感じられる教会である私たちとして、共に成長させていただきましょう。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次