7月19日 礼拝メッセージ ~聖霊降臨節第9主日~ 

『誘惑に勝利された主イエス』

聖書:マタイの福音書4章1―11節(新p5)

メッセンジャー:森英樹師

先週、私たちは創世記3章から、サタンが「神は本当に言われたのですか」と神のことばへの信頼を揺るがし、人を神様から引き離したことを学びました。人は「神のことば」から離れるなら、誘惑に打ち勝つことができません。マタイ4章では、イエス様が悪魔の試みを受けるため、御霊に導かれて荒野へ向かわれます。ここには、悪魔が神の器をどのように神様から離し、託された使命を失わせようとするのかが示されています。
1.必要を、神様抜きで満たす誘惑 2〜4節
悪魔は、四十日の断食で空腹になられたイエス様に、「あなたが神の子なら、これらの石がパンになるように命じなさい」と語りました。これは単にパンを食べる誘惑ではありません。「父なる神を待たず、自分の力で必要を満たせ」という誘惑です。イスラエルの民は荒野で、神様が必要なマナを与えてくださったにもかかわらず、神様の定め以上に集めたり、安息日にも取りに出たりしました。神様を信頼せず、自分で自分を守ろうとしたのです。イエス様は、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる」と答えられました。神様から与えられた能力や立場は、自分の欲を満たすためのみならず、むしろ神の栄光と人々の祝福のために用いるものです。
2.神の愛を試す誘惑 5〜6節
悪魔はイエス様を神殿の屋根の端に立たせ、「あなたが神の子なら、下に身を投げなさい」と、詩篇のことばまで引用して誘惑しました。イエス様はすでに父なる神から、「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ」(マタイ3:17)との御声を受けておられました。それでも悪魔は、「本当に愛されているなら、もう一度証明してもらえ」と迫ったのです。これは、イスラエルがマサで、「主は私たちの中におられるのか、おられないのか」と神様を試した姿に重なります。神様の愛は、何かをしてもらうことによって確認するものではありません。すでに与えられている神のことばを信じ、感謝し、その愛を人に分かち与えて生きるのです。イエス様は、「あなたの神である主を試みてはならない」と退けられました。
3.神に従わずに栄光を得る誘惑 8〜10節
悪魔はこの世のすべての王国とその栄華を見せ、「もしひれ伏して私を拝むなら、これをすべてあなたにあげよう」と言いました。これは、「十字架を通らずに王となれ」「父なる神に従わずに栄光を得よ」という誘惑です。悪魔の究極の目的は、すべての者が神ではなく、自分の前にひれ伏させることです。しかしイエス様は、「下がれ、サタン。あなたの神である主を礼拝しなさい。主にのみ仕えなさい」と明確に退けられました。主は十字架を避ける道ではなく、私たちを愛し、救うために十字架へ進む道を選んでくださいました。

第一のアダムは誘惑に敗れ、神への信頼の衣を脱ぎました。イスラエルも荒野で神を疑いました。そして私たちも、必要、不安、評価、成功の誘惑にたびたび敗れます。しかし第二のアダムであるイエス・キリストは、私たちに代わって完全な勝利を取ってくださいました。「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。」(ヘブル4章15節)私たちの希望は、自分の強さではありません。誘惑に勝利された主を仰ぎ、その愛と恵みの中で、兄弟姉妹と励まし合いながら歩むことです。

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