7月5日聖餐式礼拝メッセージ ~聖霊降臨節第7主日~

『なぜ神殿の幕は裂けたのか』

聖書:マルコの福音書15章33ー39節

メッセンジャー:森英樹師

はじめに
十字架上でイエス様は、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」
と叫ばれました。これは本来、罪ある私たちが神の裁きの前で叫ばなければならなかった叫びです。しかしキリストは、私たちに代わって父なる神に捨てられ、罪の裁きをその身に負ってくださいました。その時、神殿の幕は上から下まで真っ二つに裂けました。

神様が幕を裂いた理由とは
旧約時代、幕屋や神殿は「神がご自分の民と共に住まわれるため」に設けられました(出エジプト25:8)。神殿の最も奥には「至聖所」があり、そこには契約の箱と贖いの蓋が置かれ、神はその所から民に語られました。しかし、聖なる神様と罪ある人との間には厚い幕がありました。神と人との隔たりです。大祭司でさえ、年に一度しか入ることができなかったのです。ところが、キリストが十字架で完全な贖いを成し遂げられた時、その幕は上から下へと裂けました。
なぜでしょう。それは神が人を見放したということではありません。むしろ逆です。
キリストの犠牲によって、神と人を隔てていた罪の壁が取り除かれたのです。
だから聖書は、「私たちが神の家です」(ヘブル3:6)
「あなたがたのからだは聖霊の宮です」(Ⅰコリント6:19)と語ります。神様はもはや幕屋や神殿にではなく、キリストを信じる私たちのうちに住んでくださるのです。すなわち、私たちは教会へ行く人ではなく、神の臨在を宿す「神の宮」、「教会そのもの」とされたのです。

主と親しく歩む秘訣とは
イエス様は、「見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます」(マタイ28:20)と約束されました。そしてこの約束は、弟子たちに出て行きなさいという文脈中で与えられています。「ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。……見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」(マタイ28:19〜20)

「来なさい」から「行って」
旧約時代のメッセージの中心は「来なさい」でした。なぜなら幕屋に、神殿に、主の臨在、祝福、癒しがあるから。しかしキリストの成し遂げられた贖いを通して「行って」に変えられます。私たちが主の臨在、祝福、癒しをもたらす神の宮、教会とされたからです。
主は私たちが教会として世に遣わされ、家庭や職場、地域でキリストを証ししながら生きようとする時、最も親しく深く共にいてくださいます。それがまた、神様の宣教の手段でもあります。神殿の幕が裂けたのは、御子を十字架にまで追いやった私たちを諦め、父なる神様が天に戻ってしまわれたからではありません。キリストを通して私たちのうちに住まわれる道を父なる神様が開かれるためでした。あなたは愛されています。ただの人ではありません。神を内に宿すものです。今週も、聖霊の語りかけに耳を傾けながら、遣わされた場所で「教会そのものとして」歩ませていただきましょう。その時、あなたに近く寄り添ってくださるイエス様を、あなたは最も深く体験することになるでしょう。

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