12月27日 年末感謝礼拝メッセージ

メッセージ 『感謝しつつ主の門に入れ』

聖書 詩篇100篇1-5節(旧p1037)

メッセンジャー 高江洲伸子牧師

詩篇100篇の冒頭に「感謝の賛歌」と小見出しが記載されています。これは、神への感謝の供え物のための歌という意味です。100篇1節の書き出しは「全地よ」から始まっているところから、聖書に書かれている神は、クリスチャンだけでなく、地球上の全ての人に向かって、感謝と喜びをもって主の大庭に来たれ!と招いておられるのです。

感謝をする理由

なぜ感謝をするのでしょう。それは、「主が、私たちを造られた」(3)からです。聖書は次のようにも言っています。「あなたの御手はわたしを造り、わたしを形造りました。」(詩119:73) 「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み断てられました」(139:13)と。このように、聖書ははっきりと、人は偶然生まれてきたのではなく、神によって造られ生かされている存在であると言っています。神が私たちを造られたのであるならば、私たち一人ひとりに対して造られた方の目的があるはずです。

もし、誰かが沢山転がっている小石の中から石器として使おうとして一つの小石をとり上げ、木を削るためにその小石を石器として先を尖らせて用いるとするならば、その小石は他のただ転がっている小石と全く同じではありません。その小石は手にした人の意志にそって用いられる目的のある小石とされます。私たちもまた偶然生まれてただ意味もなく命を燃焼して終わるという、それだけの存在ではありません。必要があって今ここにいることを知っていることと、知らないままいることとは、大きな違いがあります。それゆえ詩人は、「知れ、主こそ神。主が 私たちを造られた。私たちは主のもの 主の民 その牧場の羊」(3)と、全ての人が造り主である主を知り、主に向かって喜びの声をあげよ、と歌うのです。

感謝の仕方

喜びをもって主に仕えることによって、私たちは神への感謝を表すことができます。2節の「仕える」という言葉は礼拝を表しています。ロマ12:1には、「あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物としてとして献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」と書かれています。礼拝は、私たちを造られた天地創造の神に仕える最高の場所なのです。「喜び歌いつつ」(2)御前に行き、「感謝しつつ、主の門に、賛美しつつ その大庭に」(4)入ってゆく。これが、旧約時代の礼拝者の姿でした。

旧約時代、各地から来た礼拝者たちは神殿が見える場所にくると、遠くからでも神殿が見えたということに感動し、その場所で神に賛美をささげたと言われます。いよいよ神殿の門をくぐるときには、嬉しくて歌わずにはおれませんでした。感謝し、賛美しながら神殿の庭に入って行きました。古代の教会でも、人々はいきなり礼拝堂に入るのではなく、外で待っていて、列をつくり、賛美しつつ礼拝堂に入ったということです。

神殿に入った人たちが続いて向かうところはどこでしょうか。キングジェームス英語聖書は、「come before his presence with singing.」(2)と、「御前」だけでなく「presence」(臨在の)と挿入されていて、「歌いつつ臨在の御前に来たれ」となっています。賛美をもって御前に近づき、心からの礼拝を通して神に出会うのです。被造物にすぎないものが創造者に近づくことが許される、罪人が聖なる方に近づくことが許されるのです。御子の血潮の流された至聖所で人の魂は神の臨在に触れ、初めて満たされるということを知ることができます。それ故、私たちの礼拝もまた、主の臨在を求め近づいてゆくことが何よりの喜びなのです。

イエス・キリストの贖いを通して新しくされたことの喜びと感謝

「だれでも、キリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、身よ、すべてが新しくなりました。」(Ⅱコリント5:17)、「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするために、キリスト・イエスにあって造られたのです」(エペソ2:10) イエス・キリストの十字架により罪が赦され、新しく生まれ変わった者は、聖霊が引き続いて内側から新たに形作ってくださることを日々体験致します。その体験によって「主が、私たちを造られた」と言って、喜びと神への感謝がでてくるのです。

「主はいつくしみ深く その恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る。」(5) 世の中のものはすべて変わり、人間の愛もまたいつかは冷えていきます。この世界で変わらないものは何もありません。そして、私たちもまた、いつも神に対して真実であったというわけではありません。けれど、神の真実は変わることはありません。反対に私たちは、「病気だから感謝できない、いじわるされたので感謝できない、お金がないので感謝できない。感謝する理由がないので感謝できない」等と思います。けれど、聖書には、「すべてのことにお

いて感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」(テサロニケ第一5:8)と書かれています。

2026年感謝しつつ主の門に、賛美しつつその大庭に入り、臨在の主に見えましょう!

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