12月7日 礼拝メッセージ(アドベント第二)

メッセージ 『馬小屋の救い主』

聖書 イザヤ書9章6節(旧p1181)、ルカの福音書2章1-7節(新p110)

メッセンジャー 高江洲伸子牧師

アドベント第2週を迎えました。くつやのマルチンがイエス様をお迎えする為にじっと、通りを見ているように、イエス様がどこから来られるか、期待に胸をはずませておられる方もいらっしゃるかもしれません。では、どのようにすれば救い主にお会いできるのでしょうか。
旧約聖書にみるキリスト降誕の預言
イエス様が生まれられる700年も前に生存していた預言者イザヤは、「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子がわたしたちに与えられる。」(6)と救い主の誕生を預言。人類に与えられるメシアは、男の子、それも、みどりごである、というのです。救い主というのに、なぜ、偉大な学者や政治家としてでなく、みどりごなのでしょう。更に、その男の子はどこでいつ誕生するのでしょうか。預言者ミカは、「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのために イスラエルを治める者が出る。」(5:2)と預言しました。そのみどり子はベツレヘムで誕生するというのです。イザヤもミカも紀元前700年頃活躍した人たちでした。
彼らが預言したその700年後、ユダヤのベツレヘムの馬小屋で、キリスト(メシアの意味)は誕生しました。ルカの福音書2章6,7節、「マリアは月が満ちて、男子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。」と記載。

馬小屋で産まれ、十字架で死なれたイエス・キリスト
ユーチューブ動物調教動画「ブ―キーズ」。通常はチンパンジーのカイくんが主役ですが、ある日ホルンというふわふわの大きな犬が内蔵を患って入院することになりました。調教師の「クロダ」という人は、いつもと違う場所で泊まることで犬が不安になったらいけないというので、動物病院の犬小屋の前でホルンの顔を見ながら床にごろんと寝て一晩過ごしたのです。床の上でゴロンと寝転がり、柵の向こうの犬と対話しながら寝る調教師の動物への愛のすごさに驚きました。けれどイエス・キリストは、誕生から馬小屋の飼葉桶の中に横になられました。人類で最も粗雑な環境でこの世に向かえられたのでした。この世に来られる時に、父なる神様に、世を救うメシアとして行くのだから、もう少し、カッコよく行かせてください。せめて、医師とか、政治家としてとか、などと、なぜ、そのような申し立てをしなかったのでしょうか。馬小屋でのデビューでは、人々の注目にも価しなくて、宣教の働きに差し支えなかったのでしょうか。
コリント人への手紙第二8章9節には、「主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となるためです。」と書かれています。イエス・キリストは、誕生の時も貧しく、この世を去る時には誕生の時以上に悲惨でした。十字架に上にさらされ、命までも奪い取られてなくなられ、この方の生涯は、誕生も、終わりも、他の人たちの生涯と比べるならば、最低ラインだったと言っても過言ではありません。こんな損なメシアなんて、どこを探しても見当たりません。イザヤは、キリストの地上でのさいごの姿を次のように預言しています。「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。・・・彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれてゆく羊のように、毛を切る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。虐げとさばきによって、彼は取り去られた。」(53:3-8a)
なぜ、このような悲惨な生涯を天の父は御子に課せられたのでしょうか。イザヤは53章のさいごで、「彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする」(12)と預言して言っています。

自己犠牲を超えるもの
十字架のイエスを仰ぐ時、私はオスカーワイルドの書いた「幸福の王子」を思い出す。幸福な恵まれた生涯を終えた王子は死後町の高いところに立派な像が立てられた。その像は全身が薄い純金で覆われ、二つの目にはサファイアが埋め込まれ、剣のつかには大きな赤いルビーが光っているという立派なものだ。ある時、群れから逸れたつばめが王子の像の足元で一夜を過ごすことになり、王子が泣いていることを知る。その理由は、生前豊かで、幸福な生活しか知らなかった王子が、死後、像となり、高いところから町を見て、始めて町には沢山貧しい人たちがいることを知り、心を傷めて泣いていたのだ。つばめは王子の頼みで、像にはめられていたサファイアやルビー、純金を一つ一つはがして、王子に言われるまま貧しい人たちに届けた。結局つばめは暖かいところにいる仲間たちのところに帰る機会を失い、寒さの中で死んでゴミ箱に捨てられる。全て人々に与えつくした王子の象は崩れ去り、残った銅の心臓はつばめの死骸のそばに捨てられるという物語。
ここに、自己犠牲の最たるものを見るも、真に十分な愛を知り、心が満たされている人をして、ためらいなく他者に与えることができたと思う時、御子が命までも人類に与え尽くされた背後に、天の父の、人間が計算できないほどの愛を思う。

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