2月8日 礼拝メッセージ

メッセージ 『柔らかい心』

聖書 ルカの福音書8章4-15節(新P127)

メッセンジャー 高江洲伸子牧師

礼拝用オルガンが新しくなった。この丘の上に、大きなオルガンがクレーン車で釣り上げ降ろしされる風景は圧巻。楽器専門運送屋さんから来られた従業員の方は10名。1時間ですべての作業を終了。一番の困難は、オルガン室から礼拝堂に古いオルガンがローブ状のスローブで慎重に降ろされてゆくときの息をのむようなひと時。中心になる人は最小限のことばで指示を出し、働き人は黙々と与えられたボジションで力を添える。このような場面で、誰かが思いつくままあれこれ言い始めると、調和が乱れて、どのような事故が起こってもおかしく状況。けれど、一人一人が自分がとるべき立ち位置と出すべき力がしっかり確認できている、そのみごとなチームワークに感動が走る。言葉を正しく聞いて、聞いた通りに行うことができないと、人と関わって生きていくことは難しい。ルカ8:18で、主イエスは「ですから、聞き方に注意しなさい。」と言われた。今日はイエス様が語られた4つの種の譬え話から、みことばを聞く時の大切な事柄について知りましょう。厳密には、「四つの種」とは、種がまかれた「4種類の土壌」のこと。
1.「道端に蒔かれた種」(5)
道端に蒔かれた種は、「人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった」(5)。イエス様の解説では、「みことばを聞いても信じて救われないように、後で悪魔が来て、その心からみことばを取り去ってしまう、そのような人たちのことです。」(12)。みことばが語られるところに悪魔が空の鳥のようにやってきて、みことばの種が根づかないようにみことばを取り去っていく。なぜか。それは、みことばは美味しいだけでなく、人の魂を救う力がある(ヤコブ1:21)から。
それゆえ、悪魔はなんとかして、人の心にみことばが留まらないように、あの手この手でみことばを聞く人たちの心に働きかけてくる。メッセージを聞いている最中にも、突然他の用事を思い出させたりする等、少しでもみことばから
気持ちを逸らせようと働きかけてくる。ささいなことの様でも悪魔の一手。
2.「岩の上に蒔かれた種」(6)
  岩の上に蒔かれた種は、喜んでみことばを聞くものの、内側に固いものがあるので、少し根が出ても、決して、深く根が張ることはない。聖書の話しをきいた。そして、「悪くはない」と思う。「もしかすると、これは自分のことかもしれない」とも思う。しかし、とんでもないと振り払ってしまう。それ故、種であるみことばはそれ以上に根が張らないので、神の恵みの豊かさにまで到達できない。それは、心の奥底に神様よりも自分の願望こそ第一という大岩が膚かっているので、「みことばを聞くと喜んで受け入れるのものの、」「自分主義」という岩礁がどうしても根を張らせないので、不利益なことが起こると身を引いてしまう(13節)。その大岩が砕かれた心でみことばを聞くことができないと神の命は育たない。
3、「茨の真ん中に落ちた種」(7)
  生活における富、快楽など、問題で心が一杯になっている状態。イエス様も「彼らはみことばを聞いたのですが、時がたつにつれ、生活における思い煩いや、富や、快楽でふさがれて、実が熟すまでになりません。」(14)と言われ
ている。イエス様はまた、「神の国と神の義を第一にしなさい・・」(マタイ6:23)とも言われた。思い煩いから逃れる道は、第一のものを第一にすること。その時、全てが備えられる。これが御国の法則。
4.「良い地に落ちた種」(8)
  良い地に落ちた種は「生長して百倍の実を結んだ」(8)。「彼らは立派な良い心でみことばを聞いて、それをしっかり守り、忍耐して実を結びます。」(15)と、主イエスは言われた。岩礁が砕かれ、茨が取り去られた土壌、それが、そみことばを聞く「柔らかい良い心」。
<総論>
主イエスは16節で、「明かりをつけてから、それを器で隠したり、寝台の下においたりする人はいません」と言われた。ここでの「明かり」は「神の国の奥義」。10節『』内(エレミヤ5:21、エゼキエル12:2の引用)を、マルコ4:12は、『彼らは、見るには見るが知ることはなく、聞くには聞くが悟ことはない。』と記載。神の国の奥義は、人間の理性では発見し得ない。それは、神の啓示に照らされて初めて理解できるもの。当時、多くのユダヤ人はキリストの言葉に堅く耳を塞いで聞こうともせず、受け入れようともしなかった。聖書註解KGK版p864に、「キリストの目的は、真理を喜んで迎え入れようとしない者には隠され、それを理解したいと願う者には、深い意味を有するような形でそれを提示することであった。」と書かれている。霊的に目が開かれ、神の国の奥義を発見した人は、それを寝台の下に置いたりはせず、燭台の上に置き、神殿に入って来る人たちに光が見えるようにする。神の奥義は今隠されていたとしても、必ず明らかにされてゆく。「ですから、聞き方に注意しなさい。というのは、持っている人はさらに与えられ、持っていない人は、持っていると思っているものまで取り上げられるからです。」(18)。今、みことばの聞き方が問われています。やがて、良くても悪くても各々が聞いたことへの刈り取りの時を迎えます。

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