12月21日 クリスマス礼拝メッセージ(アドベント第四)

メッセージ 『喜びの訪れ』

聖書 ルカの福音書 2章8-16節

メッセンジャー 高江洲伸子牧師

イエス様は神様が私たちと共におられる、ということを、身をもって伝えてくださいました。

赤ん坊の姿で世にこられた救い主

イエス様が赤ん坊のお姿でこの世に来られたということは、赤ちゃんであれば、私たちでも腕の中に抱くことができる、そのような身近な方として御子はこの世に来られたということを知ることができます。

聖書が伝える神様は、王宮の玉座に座っておられるのでも、天上からこの世を覗いておられるという存在でもありません。神様は私たちが生きているこの地上に、まったく無防備なお姿で降られ、私たちが触れることができるほど近くに来てくださったのです。

このような話し(たとえ話)を聞いたことがあります。ある人が深い穴に落ちてしまって助けを求めた。すると、そこに、日頃良き教えをされている人がそこを通りかかったので、その人はこの人ならば助けてくれると、大声で助けを求めました。するとその人は、「それは自分がよく考えないでした愚かな行為の結果だから仕方がない」と、言って通り過ぎていった。すると、また、一人、聖人と言われている人がそこを通りかかったので、必死で助けを求めたところ、その聖人は、「それが人生というものです。そこで悟りを得なさい」と言って、去っていった。がっかりしていると、また、一人通りかかった。その人は、穴の底でうめき苦しんでいるその人のところまで降りてきて助け出されたというのです。

天の父なる神様は、御子イエス・キリストを罪の坩堝のようになってしまったこの世に送られてきました。それも、赤子として、人々が腕の中に抱くことができる身近な方として。しかも、御子が送られたこの地上(この世)は、神のみ旨に背き、やがて、御子を十字架に付ける世であることを御存知の上で、父なる神は大切な独りの御子を、だれもが受け入れることができる身近な方として、赤ん坊の姿でこの世に送られたのでした。

グッドにユースを最初に聞いた羊飼い

御子の誕生のグッドニュースが最初に伝えられたのは、野宿しながら夜通し羊の群れの番をしていた羊飼いの人たちでした。当時、彼らほど貧しく、虐げられた人たちはいませんでした。イエス様が山の上で御国の教えを語られた最初の教えも、「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人たちのものだからです。」(マタイ5:2)という教えでした。イエス様のまなざしはいつも貧しい人たちに向けられていたのです。

では、この聖書は貧しい特定の人に向けてだけ発信されているのでしょうか。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。」(10)と御使いは羊飼いに告げていますが、ここには、「民全体」にと語られています。最初に最も貧しい人たちに告げられたと言うことは、全ての人、だれにでも、この「大きな喜びの訪れ」のグッドニユースが告げられているということにほかなりません。

「羊飼いたち」、彼らは日頃、神様を信じて祈っていたかもしれません。けれども、生きている羊を飼っているので礼拝に行くこともままならなかったでしょう。安息日だというので、羊飼いが羊の世話をしないなら、羊はどうなるでしょう。しかも羊飼いには、聖書を学ぶ時間も、教えられる場も人もいない。そのような環境の中で、安息日の教えとは反対のことをしなければならない中に、彼らは神様との距離(隔て)を感じていたかもしれません。ですから天使は、「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。」(11)と、あなたがたのためにも救い主は生まれたのだと強調したのです。「神様は、決してあなたのことを忘れてはいない」と知らせる必要があったのです。神様は真っ黒い岩の上を這う、小さな黒いアリ一匹をもご存知のお方なのです。

預言者イザヤを通して、「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(43:4)と語られた神様は、イエス様によってみことばの真意を現実に表されたのでした。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14)のです。そして、今も御子イエス・キリストの十字架を通して「私はあなたを愛している」と語り続いています。

「この方こそ、主キリストです。あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのしるしです。」(11b-12)と羊飼いが御使いから御告げを受けた時、彼らはとっさに、「馬小屋ならば、羊の臭いにするこの服のままで自分たちも礼拝ができる。しかも、夜だから、檻の中の羊は番犬に任せて、交代ででも礼拝に行ける」と思わなかったでしょうか。まさに、「あなたがたのため」の救い主の誕生だったのです。

「飼葉桶に寝ているみどりご」それが、私たちに与えられた救い主のしるしでした。この方こそ、700年も前に、イザヤが「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。」(イザヤ9:6a)と預言した救い主だったのです。

クリスマス、日本でもあちらこちらで、「喜びの歌」の大合唱が行われています。今、世界中の人が救い主の誕生を喜び、讃美し、褒め称えています。メリークリスマス!

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