9月7日 礼拝メッセージ

メッセージ 『キリストの心を心とする』


聖書 ピリピ人への手紙2章1-11節(新p396)

メッセンジャー 高江洲伸子牧師

オーケストラで最も大切なものがハーモニーでならば、スポーツの勝利の秘訣はチームワークです。キリストの教会がキリストにあって一つとされることは、教会の前進の鍵です。
(1) 一つとなる喜び(1-2)
「ですから、キリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、」(1)とパウロは勧めます。<新共同訳「憐れみや慈しみの心があるなら」> ピリピ教会にはキリストによる励ましや愛の慰め、御霊の交わり、ほとばしる慈しみなどがすでにありました。それを生かして一致と謙遜に結晶させることをパウロは勧めています。
勧めの内容は、同じ思いとなり、同じ愛の心を抱くこと、さらに心を合わせ一つ思いとなることです。「心を合わせ」(スムプシューシス)は心の完全な調和、ハーモニーを意味しています。例えば聖歌隊において、ソプラノ、アルト、テナー、ベースがそれぞれ異なった音を出しながら、全体として一つの声となって響く、このハーモニーの美しさほどすばらしいものはありません。パウロは、そのハーモニーを聞かせて、「喜び」を「満たしてほしい」と願うのです。

(2)一つとなる心 (3-5)
「へりくだった心」(3)は教会がひとつとなる鍵です。謙遜の心があるところ、教会はいつも一致とハーモニーを保つことができます。「何事も利己的な思いや虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに人を自分よりすぐれた者と思いなさい。」(3)と具体的に勧めをしています。「利己的な思いや虚栄心」を口語訳聖書は「党派心」と訳しています。活発なピリピ教会は分裂の危険性もありました。
「へりくだった心」は他人に対して自分よりも優れていると見る心です。逆に、他人と自分を比較してどこか自分が勝っていると見る心を虚栄心と言っています。さらに、自分のことだけでなく、常に他人のことをもえる心です。他人への気配りがなく自分のことだけを考え、自分の利益だけを求める心をパウロは自己中心、あるいは利己心と言っています。
私たちの生まれつきの性質は悲しいほど自己中心的で虚栄心に支配されやすいので、自然に自己を主張し自分の利益を求め自分を高めようとします。エバがヘビに誘惑されて、園の中央にある善悪の木の実を見た時「その木は賢くしてくれそうで好ましかった。」(創世記3:6)とあります。しかし、神が与えてくださる「へりくだった心」は他人のすばらしさを評価し、他者をいつも思いやる心です。
「パウロはこのへりくだった心こそキリスト・イエスの中に見られる心であって、その『キリスト・イエスにあるこの思いを、あなたがたの間でも抱きなさい』(4)と勧めます。文語訳では、『汝らキリスト・イエスの心を心とせよ』と訳されています。さらに、文語元訳では、『汝らキリスト・イエスの意(こころ)をもって意(こころ)とすべし』とハートではなくマインド、心の根低からの思いの変革を促しています。まさにキリストの心臓を私たちの心臓に移植せよと命じているようなみことばの迫りを覚えます。」 工藤弘雄著「キリストは全て」から

(3)キリストの謙卑と高挙(6-11)
6節からは、キリストの心が鮮明に描かれています。
1.「神としてのあり方を捨てられないとは考えず」(口語「固守すべき事とは思わず」)(6)
神の権能、地位を捨てることができないとは考えなかった。
2.「ご自身を空しくして」(口語「かえって、おのれをむなしうして」)(7)
王が王の衣を脱ぎ捨てても王であることに変わりがない。※「みこころのままに」と投げ出す
3.「しもべの姿をとり」(口語「僕のかたちをとり」)(7) 神が僕に。※イザヤ書53章
4.「人間と同じようになられました」(口語「人間の姿になられた」)(7)
人間が蟻に真理を教えようとして蟻になっても、ただの蟻では教えることはできない。けれど、もし、蟻でありながら人であればそれは可能。
5,「人としての姿をもって現れ、自らを低くして、」(口語「その有様は人と異ならず、おのれを低くして」)(7,8)  み子が全き人となられた。しかも「おのれを低くして」。
6.「死にまで」(口語「死に至るまで」)(8) (へブル10:7)
主は十字架に釘づけられる前に神のみ旨に釘づけられていた。死に至るまで。
7.「それも十字架の死にまで従われました。」(8)
キリストの死は殉教の死ではなく、処刑死。全人類の罪を一身に担われたのろいの死。天の栄光から十字架の裁きへ。キリストの謙卑の道は下へ下への献身と従順の道。「それゆえ神は、この方を高く上げて、すべての名にまさる名を与えられました。」(9) ※ルカ18:14b  天上、地上、地下、ありとあらゆる舌が、「イエス・キリストは主です」と告白して、父なる神に栄光を帰する。

参考図書 工藤弘雄著-ピリピ人への手紙講解説教-「キリストはすべて」

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