『カイザリアからローマへ』-海上の難-
聖書:使徒の働き27章13節-26節(新p292)
メッセンジャー:高江洲伸子師
エルサレムで激しい論争と激高が高まる中からカイザリヤに移されたパウロは、3度にわたる裁判と審問で2年経過。その後、百人隊長の警護のもと、念願のローマに向けて船出しました。しかし、この船旅は予想以上に険しく、まさに命がけの旅でした。けれど、神の守りと助けは変わらない様は、丁度、私たちに襲いかかってくる人生の嵐のようでもあります。ここから、私たちは人生の艱難を乗り越える秘訣を学ぶことができます。
1) 艱難に陥る原因
カイザリヤを船でローマに向かったパウロたちの船は、アジアの沿岸の各地に寄港してゆく貿易船だったようです。途中で百人隊長は、北アフリカのアレキサンドリアとイタリア半島の間で穀物を運搬する乗員乗客276人を乗せることができる大型貿易船に乗り換えました。時期は、「断食の日もすでに過ぎていた」と書かれているところから、11月頃と思われます。その頃の地中海は冬の荒れた天候に変わりつつありました。パウロたちを乗せた船は、段々と風も荒くなりやっとのことで「良い港」と言う場所に着きまず。けれど、彼らはさらに良い停泊場所を求めて出帆しようとしたのでした。そこでパウロは、「皆さん。私の見るところでは、この航海は積荷や船体だけでなく、私たちのいのちにも危害と大きな損失をもたらすでしょう。」(10)と船出を止めようとしましたが、パウロの忠告をきくことなく航海は始まり、結果、凄まじい海上の難に遭い、一行はマルタ島に漂着したのでした。(11-13) ここから、私たちが災いに遭う時の危険性について知ることができます。
一.神のことばよりも専門家の意見を信用してしまう危険(11)
「しかし百人隊長は、パウロの言うことよりも、船長や船主のほうを信用した。」(11)。より深い知識と経験をもっている人たちですから、当然なことです。けれど物事は、必ずしもそれが正解かどうかはわかりません。私たちが真に信頼すべき方は、全てを完全にご存じの神様です。
二.多数決に従ってしまうことの危険(12)
大多数の人が、停泊していた港が冬を過ごすのに適していなかったので、更に良き場所を思われるクレタのフェニクス港に行きそこで冬を過ごしたいと思いました。民数記13章で、カナン偵察に行った12名の内、カナンの地は良い地であり、祝福の地であると報告したのは、ヨシュアとカレブの2人だけでした。多数意見で、彼らは40年間荒野を彷徨うことになりました。神が言われることに耳を傾けることです。
三.状況を信頼してしまう危険(13)
「おりから、穏やかな南風が吹いてくると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。」(13)とあります。「この時とばかり」ということばは、「目的が達せられると思って」という意味のことばです。穏やかな南風で船員たちは、自分たちの願い通り航行できると判断しました。けれど、この判断が誤りであったことを後に知ることになります。どんなに状況が良く思われ見通しが良くても、神からの忠告を無視することは危険です。船出した後に状況が好転することもあれば、逆転することもあります。(14,15) 船出して間もなく、ユーラクロンという暴風に見舞われた一行はやがて、「積荷を捨て」(20)、「船具までも投げ捨て」(19)、「最後の望みも今や絶たれ」(20)、絶望状態に陥ったのでした。
2) 艱難からの脱出する方法
「昨夜、私の主で、私が仕えている神の使いが私のそばに立って、こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』」(22-24)。私たちの人生も同様で、嵐に見舞われることもあれば、八方塞がりの中に入れられることがあります。海上の大患難に遭遇するパウロが天から御声を受けて大嵐の海から脱出できたように、私たちにもまた艱難の真っ只中で天を仰ぐ時、み言葉をもって脱出の道を神は備えられます。
パウロが豪快な人だから、このように大胆に神を信じ、勢いよく神のことばを伝え、人々を励ましたのでしょうか。反対です。神様は恐れてもいない人に「恐れることはありません」(24)と語られるでしょうか。パウロもまた恐ろしかったのです。パウロも私たちと変わらない普通の人だったのです。(コリント人への手紙第一2:3) けれどその嵐の中で、「あなたは必ずカエサルの前に立ちます」(24)と主のお言葉が臨んだ時、彼はそのことばを額面通り受け入れ信じたのでした。「ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」(25)と、大胆に恐れる人たちに語り、励ますことができたのでした。使徒ヨハネも言っています。「私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。」(ヨハネの手紙第一5:4)と。私たちが艱難から脱出方法は、神のことばをきくこと、そして、そのことばをそのまま信じることです。 結果 、同船していた276名の一人の命も失われることもなかったのです。