11月3日礼拝メッセージ

『伝道者ピリポ』

聖書:使徒の働き8章26節-40節(新p249)

メッセンジャー:高江洲伸子師

1節「その日」とは、ステパノが大胆にイエス様を証しした日。その後、他の信者たちもまた大きな迫害を受け、多くの信徒がエルサレムから地方に散らされてゆきました。けれど、散らされた信徒たちを通して、更に福音が広く伝えられてゆくことになったのです。「散らされた人たちは、みことばを伝えながら巡り歩いた」(4)。この人たちの中に最初の役員に選ばれたピリポもいました(8:5)。ピリポについて、村上宣道師は次のように言っています。「ピりポによる伝道は、まさに縦横無尽であった。サマリヤで伝道していたかと思うと、今度は沿岸地方にあるガザでエチオピア人に主イエス・キリストの福音を伝えるという活躍ぶりであった。」新聖書講解5「使徒の働き」p130。
8章4節からは、ピリポによるサマリヤ伝道の様子が記載されています。「群衆はピリポの話を聞き、彼が行っていたしるしを見て、彼が語ることに、そろって関心を抱くようになった。」(6)「汚れた霊につかれた多くの人たちから、その霊が大声で叫びながら出て行き、中風の人や足の不自由な人が多く癒されたからである。その町には、大きな喜びがあった。」(7,8)。エルサレムでは迫害されましたが、サマリヤでは様々な聖霊による御業がなされ、ペテロとヨハネも応援に駆け付けるほどの大リバイバルが起こったのです。

ピリポによるエチオピア人への伝道
 サマリヤのリバイバルの導火線になったピリポでしたが、突然御使いが彼に現われて、「立って、南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(26)と告げます。しかも、そこは、サマリヤの様な都会ではなく、「荒野」です。ピリポは、語られた御声のままに、「立って出かけ」(27)ました。そこで、出会ったエリオピア人への伝道は、使徒行伝での最初の異邦人伝道の記録になりました。この記事から村上師は「明確な神の導き」について次のように言っています。
  第一は、「聖霊による導き」。ピリポはサマリヤのリバイバルのさ中、「ガザに下る道に出なさい」(1)との御声を聞きました。彼はその御声に何ら抵抗することもなく、「立って出かけた」(27)。すると、そこに福音を必要としていた「エチオピア人の女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していた宦官のエチオピア人がいた」(27)のです。しかも、彼は、今まさに、エルサレムでの礼拝を終えて、「預言者イザヤの書を読んでいた。」(28)ところでした。ピリポにとっても、エチオピア人にとっても、それは予想もできない出会いでした。明らかに二人をここに導かれたのは神でした。そこで、聖霊は「近寄って、あの馬車と一緒に行きなさい。」とピリポを押し出したのでした。このような聖霊の導きの中で、ピリポの個人伝道は始まりました。
 第二は、「聖書による導き」。この時、「宦官のエチオピア人」は、イザヤ書を真剣に読んでいました。彼は聖書を深く読んでいたので、ピリポへの質問も核心を突いていました(34)。そこで、ピリポはその問いに答えて福音を解き明かしていったのです。聖書こそは、「知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができる」唯一の書物なのです。(Ⅱテモテ3:15)
 第三は、「教える人による導き」。エチオピア人は、イザヤ書の53章、すなわち「苦難のしもべ」の箇所を読んでいました。ピリポが彼に近づいて、「あなたは、読んでいることが分かりますか」(30)と尋ねると、彼は「導いてくれる人がいなければ、どうして分かるでしょうか」と答えています。聖書は読めば理解できる、というものでもありあません。福音の真髄がわからないと、どこまでいっても聖書を正しく理解することはできないでしょう。ピリポはイザヤ53章の単なる説明をしたのではなく、「この聖書の箇所から始めて、イエスの福音を彼に伝えた。」(35)のです。すると、聞いていたエチオピア人の目が開かれて、「私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」(36)と言い出したのでした。
村上師は次のように言っています。「私たちが救いを得るためにはその過程にだれかの教えや導きが必ずあったに違いないのである。ある人にとってはそれが説教であったかもしれないし、別の人にとってはだれかの書いた書物であったかもしれない。・・・信仰をもったエチオピア人は、その場でバプテスマを受けた。彼が水から上がると、導いてくれたピリポは主の導きによって連れ去られてもういなかった。それにもかかわらず、エチオピア人が『喜びながら帰って』行くことができたほどに(39)、その信仰は自立していた。これが理想的な導き方である。」「使徒の働き」p133-134
 バックストン師もまた、「使徒行伝講義」の中で、「真の伝道者は、人々を自分により頼ませず、かえってその人たちに自立の信仰を与えます。肉に属する伝道者は、悔い改めた者を自分により頼ませます。けれども、聖霊に満たされた者は信者に自立の信仰を教えます。ですから伝道者が他の所に行っても、信者は神様と交わり、恵みの中に生きることができるのです。」p229
 ピリポはその後ガザから北30キロにあるアゾトに現われ、そこから福音を宣べ伝えながら、カイザリアに向かったとされています(40)。こうして福音宣教は拡大していったのです。

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